こんにちは。4回生谷です。
自身最後のインカレが8月25日~28日の4日間行われ、僕は最終日のロードレースに出場しました。関大の1番の目標は「インカレで大学ポイントを獲得すること」

コース
日本CSC5kmサーキット(反時計回り)
5km×28周=140km
特徴
上って下ってまた上るコース
試走
コースに入り風向きを確認
レースを想定して、ペースが上がる箇所やアタックがかかる箇所でもがいてみる。

レースレポート
※28周回ということで心理的疲労を受けないようになるべく周回盤を見ないように走っていたので、レースレポートの内容が時間軸でズレる可能性があります。

1~13周回
スタートは前方。しかし前がいきなりつまり、自分と瑛久がクリートをつけるのにつまずき、結局集団後方からスタート。各大学最大8人と決まっているのにもかかわらず、出走人数が186人とかなり多く、序盤に気をつけることは落車に巻き込まれること。最初の2周はアタック合戦が続きペースが速い。上りでポジションを上げて、下りでキープして少しずつ前に行く。事件が起きたのは3周目の下りホームストレート後の右カーブから橋を渡って上りに入る所。前方左端の選手が落車。自分は右端にいて影響を受けずに行けると思いながら、注意して周りをみたらどんどん人がコケていき、自分の前を走る選手がほぼ全員落車。ブレーキをかけて、ギリギリでストップ。クリートを外し、目の前で倒れていたので避けて通り、クリートをはめるのにまた失敗し、つけた頃には集団が上りの中盤にさしかかっている。一瞬このまま終わるんじゃないかと思ってしまったけど、切り替えてギアを上げて踏んで追いかける。自分の前では同じく巻き込まれた京産の選手が2人で隊列を組んで集団を追いかけている。途中で京大森田君や関学の前田君を追い抜き、上りが終わり、下りにさしかかる前に集団に追いついた。4周目に入った頃に瑛久が追いついてきた。息のきれ方が甚だしく、次のペースアップで千切れると思った。瑛久にとって初めてのインカレロードレース。もうちょっと走らせてあげたかった。4周目は集団内が騒がしい。関東の強豪校、日大、日体大、順天堂、早稲田では「落車誰が巻き込まれた!?」「~が集団内にいないです!」「今何人いる!?」など自分チームの状況確認で忙しい。コース外の各大学の関係者からは「ペースを落とせ!」と落車に巻き込まれた選手を待つように促す。1、2周はゆっくり進み。これでレースに残ったのは元々逃げていた選手達、落車ポイントよりも前にいた選手達、落車に巻き込まれたけど、そこから追いついた選手達の70人前後。この1、2周で100人以上減った。
7周目程で逃げ吸収され、またアタック合戦が始まる。結果的に10周目程で鹿屋、日大、法政の3人が2分前後で逃げを形成した。秀峰亭後の上りで先頭に出る。逃げに選手を送っている法政が集団をコントロールしており、「ペース落とせ」と合図に集団のペースが落ちて、自分一人集団から抜けだす形になる。自分も対して踏んでないし、後から起きる集団のペースアップに巻き込まれるよりも自分のペースで走った方が楽やし、あわよくば前の逃げに合流できたらと思い、一人旅に出る。

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インカレといえども、一人で走るとめちゃくちゃ静か。前の逃げと2分、後ろの集団から1分と宙ぶらりんで走る。朝日大学の応援が自分に「逃げと2分、行けるぞ!」と教えてくれてなんかうれしい。秀峰亭前後では関大のみんな、大産のみんな、龍谷の雅のお父さんとお母さんが応援してくれてうれしい。単独走行3周目の秀峰亭手前の休憩所で田渕から「集団から2分半!」と情報が入る。うん?集団から?自分の中でそんなに集団からタイムを稼いだのか?と考える。秀峰亭で笹岡から「2分半!」と情報を得る時に喋ると疲れるので、左指で前と後ろを1回ずつ指して目で訴えたら察してくれて、「前と2分半です!」と教えてくれて、悩みが解消される。もう集団が来ると考えてホームストレート前の勾配が1番きつい坂の上で合流出来るようにペースを調節していると駒澤の選手が一人飛び出していて、その後ろから集団が現れた。無事ホームストレート前で集団前方にはまり、一人旅はここで終わり。
13~23周回
逃げとのタイム差が開き過ぎた集団はまたペースアップ。差が1分半程に縮まってからはアタック合戦がまた始まり、鹿屋、朝日、明治の追走ができ、先頭に追いついて
逃げ6人 (鹿屋×2、法政、日大、朝日、明治)
↑1分半
集団
という関係が形成される。
集団は逃げに2人を送り込んだ鹿屋が集団をコントロール。明治大学が積極的に飛び出していくが、鹿屋が全てつぶしていく。集団の中の鹿屋には徳田選手がいて、これまで何度か飛び出す場面があった、しかし、コース外の強豪校の関係者からそのたびに「徳田が行ったぞ!追え!」と叫び声が止まらない。なるほど、これがよく聞く徳田包囲網かと思いながら、その隙をついて飛び出すことができたら自分にもチャンスがある。そう考えながら、周回をこなしていく。

 

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差がまた開き始め、逃げ切りの可能性が少しずつ高まってきた。そうなるとまたアタック合戦が始まり、相当キツい、しかし連続でアタックが繰り返されるため、集団も疲労が大きく、ガクッとペースが落ちてしまい全く差が縮まらない。18周回目に両脚(内転筋)吊った。もう気にしない、いつものことやから。脚を吊ったときの感覚って丸いボールを思いっきり押しつけられている感じ。

 

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情報で逃げていた法政の選手が遅れたと情報が入る。そして鹿屋の山本選手が逃げ集団から単独でアタックしたと情報も入ってくる。鹿屋優位は一層増してしまった。周囲を見渡すと早稲田の選手と京産の中井選手が会話をしている。盗み聞きというより、前で話していたので、会話が聞こえてくる。
「ローテーションを回さないと追いつかない。協力しない?」といった内容だったと思う。会話が終わると京産中井選手が先頭まで上がり集団はペースアップ。早稲田の選手と順天の選手も上がってきてローテーションを回しながらペースが上がる。秀峰亭の上りで先頭に立った自分に順天の選手が話しかけてきて「関西、ローテーション入ってくれか?」「ごめん、俺(関大)はもう一人やから。」「仕方ない、回さないと追いつけない。」と言われたので、秀峰亭後の軽い下りから上り区間を引いて交代する。本当はローテーションに交じりたかったけど、自分も大学の為に走っているから集団内に戻る。秀峰亭の前の下りからの上り返しでローテーションを回していた順天の選手がチェーン落ち、そしたら京産の中井選手が横に並び順天の選手がチェーンがはまるまで後ろから手で背中を押してあげながら坂を上っていく。それ見て感動のあまり泣きそうになった。またある周回でホームストレートの下りからの上り区間で集団の自分の後ろから「うわぁ~(叫)脚吊った~(叫)」「うわぁ~(叫)俺も吊った~(叫)」と2人の叫び声が聞こえて来て、何人か振り向く。脚吊った時叫ぶ人もいるんだと学んだ。

早稲田の選手が朝日の選手にも前を引くように促すが朝日の選手も前に一人選手がいたため、ローテーションには入らない。しかし、京産中井選手や早稲田、順天のペースアップによって逃げとの差が一気に縮まり、トップの山本選手との差が1分半を切り、ローテーションを回してくれた選手達が後退していく。

23周回~28周回(ゴール)
京産の選手2人が先頭に達またペースが上がり、アタック合戦がまた始まる、日大の選手が交互にアタックしたり、早稲田がアタック、明治がアタックしたりと今回のアタックは勝ちを狙いにいくアタック合戦。集団が更に減っていく。結果的にラスト2周程で逃げは吸収され、振り出しに戻る。この時点で先頭集団は20人程。アタック合戦は激しくなりながらも、ラスト1周を知らせる鐘の音を聞きながら、集団で自分もラスト1周を迎える。特に気にすることができず、自分も意識がなくなりかけていたので知らなかったのですが、レース後に聞いたら最後の1周を8番目に通過したらしい。もしかしたら関大から表彰台に登れるかも!そう期待してくれたかもしれない。
でも本当に限界突破状態で、ホームストレート前の上りの頂上付近で集団から千切れる。しかし集団が牽制状態に入り、下りが終わる直前で集団に復帰する。この地点で数人が先行している。そのまま集団で上りきり、下りきれば、最後の秀峰亭へと向かう上りだけ、この地点で集団は自分を含めて8人程。自分は最後尾で下っていると鹿屋の徳田選手が落ちてきて、集団から離れていく。あっ、ツアーオブジャパン伊豆ステージの新城選手と同じ作戦やなと思い警戒する。下り区間が終わり最後の上りが始まる。同志社の中西君を含む数人が先に飛び出しており、この8人で順位決めになる。警戒通り鹿屋の徳田選手が後ろから勢いよく飛び出してきて、ギアを上げてその後を追いかける。あわよくばと思ったけど、今回ばかりは後ろから選手がついてきて、ラスト100m程でほぼ全員に抜かれ、目の前が真っ白になりながらゴール。監督が迎えに来てくれて、芝生まで押していってくれる。前日のミーティングでお迎え役決めるように言われていたのに、これは後輩たちに説教やなと思いながら、芝生にダイブ。ゴール後1番気になるのは順位。もしかしたら20位にも入ってないんじゃないのか、そんな不安が大きかった。
「14位」
順位聞いた時、つい泣いてしまった。うれしいとか悔しいという気持ちもあったかもしれない、けど、純粋に安心した気持ち(ホッとした気持ち)が強く恥ずかしながら皆の前で泣いてしまった。
最後のインカレでやっと届いた大学対抗ポイント。獲得ポイントは2点とちょっとだけど、関大にとっては大きなポイントだと思います。

課題
1番の課題は最後のゴール前で耐えきれなかったこと、自分も限界突破してたけど、他の大学の選手も皆同じだったと思う。もしあの場面で徳田選手に最後までついて行けたら7位か8位でゴール出来ていた。でも、本当に反省しないといけないのは、インカレまでの練習で最後のゴール前を想定した練習をして来なかったことです。して来なかったというよりもその練習をするまでに自分の力が間に合わなかった。夏休みの練習は最後のゴール前まで残る練習までしかできなかった。優勝した明治大学の野本選手から自分までの差が+32秒。10位に入った日大の岡本選手からは+9秒と、タイム差では全く差がないようにみえるけど、僕にとっては目の前でゴールした明治大学の小林選手だって大きな差を感じる。最後の1周を戦うのに、準備不足だったことが、大きな課題でした。

リザルト
14位/186人  (完走40人)
4時間14分38秒
(トップから32秒差)
ロード部門総合 関西大学2点 9位
トラック・ロード総合 関西大学2点 14位
~余談~
この夏休みインカレ前日までに走った距離は2618kmこの夏休みは一人では限界があると思い、いろんな選手に自分から声をかけて一緒に走る機会を作りました。1番長かった日で230kmを走ったし、一人で乗る日でも140km走る日も多く、今までで1番苦しい夏休みでした。でも練習すればするほど「本当に自分のやり方は正しいんだろうか?インカレで戦えるだけの力がついているんだろうか?」と不安になるばかりで、早くインカレが終わってほしいと思うこともありました。以前僕が1番好きなスポーツ選手は高橋尚子さんだと紹介しましたが、この夏休みは高橋尚子の考え方を信じて練習しました。毎日不安で仕方ないけど、それで悩んでいる時間はもったいないから練習に換えればいいし、毎日全力で走ってそれをインカレまで続けていけばいい。140kmが短く感じるぐらい1日に200kmぐらい乗ればいいと考えたのも、高橋尚子さんが現役時代にその考えで練習していたから。インカレ当日スタートラインに立った時はあんまり緊張することもなかったです。夏休みの走行距離は2618km。残すはたったの140km。
レース中は何度もうダメかと思ったことか、それでも14位でゴール出来たのは皆が大きな声で応援してくれて、関学の新村は前日にラインで応援メッセージくれたりして力になった。来年以降後輩たちにもインカレのロードに出場したら感じてほしい。あれだけ他の大学がたくさんいても、自分を応援してくれている声がはっきり聞こえることを。また7月のOB総会に出席した時に、多くのOBさん方が期待してくれていると感じました。期待してもらっている以上その声に応えたかった。1回生はこの半年間全く一緒に走る機会がなかったから、これが4回生の走りやって所をみせたかった。2回生はこの半年間1番サポートで懸命に動いてくれて、彼らのサポートに応えたかった。3回生3人は自分がいないチームをよく引っ張ってきてくれて、感謝の気持ちが大きい。
夏休み中体調を崩していたら、走りきれなかったし、レース中の落車で体や機材にダメージを受けていたら、そのままリタイアやったかもしれない。また今年のレースは個ロードで落車してDNF。全日本選手権でパンクしてDNF。思ったようにレースが走れず、迎えた美麻では実力不足でDNF。いいイメージが6月以降掴めず、迎えることになったインカレ。でも集団に振り回される走りはしないと自分の中で決めていたので、インカレでは単独追走したり、集団の先頭で走ったりと積極的に動くことができた。

まとまりのない文章ですが、いろんな不安があって最後ゴール出来て14位って聞いた時はホッとして泣いてしまいました。

チームTTやインカレで期待以上の活躍をしたかったけど、期待通りの成績を残すことが出来て自分の役割は果たせたかなと思います。

僕が4回生として後輩たちに何が残せるのか?このブログでもちょいちょい書いていたけど、最後に残せたのは「可能性」だと思います。2年前のインカレで北中さんが完走され、関大の選手がインカレで戦えることを証明してくださり、北中さんを越えることが出来れば大学対抗ポイント圏内の20位以内の可能性があると示してくれました。今回僕が20位以内を獲れることを証明し、自分を越えれば関西大学の選手が、インカレロードで10位以内を狙える可能性があると示せたと思います。
~まとめ~
夏休み、インカレ合わせて走行距離2758km
インカレ終わって我慢してきたアイスやシュークリームが食べれて幸せです。
3年間と他の大学生選手よりも1年少ないですが、だからこそ、始めた時から全力でやることが出来たし、強くなりたい気持ちがあったから学連のスペイン合宿にいったり、今年は大学のある大阪から実家の岐阜まで授業日だけチャリで通学したり出来て、全てが今年のインカレに繋がりました。
3年間いろんな所でお世話になった皆さんに感謝します。ありがとうございました。

これからも関西大学自転車部の応援よろしくお願いします。

-4回生谷 順成-